« 選んだ気持ちが空を飛ぶ | トップページ | 困ったもんだの安倍ボン »

なす術も無く壊れ行く

 最近教えている二年生がどんどん壊れて行きつつあります。
 理由は就職活動。 いよいよ社会とのご対面なので仕方ありません。
 仕事が決まればケロリと復活するとはいうものの、本当に気の毒。
 
 昨年までは単なる教科担当だったので遠い所から見るだけでしたが、担任となるともっと生臭い距離まで近づかざるを得ません。 当然憎まれ口も叩かなくてはなりません。
 クリエイションでめし食って行くってのは並大抵の事じゃない。 ただ学校にさえ来ていればいつのまにか何とかなる、ってもんじゃないのです、辛い事に。
 アイデアが出ない、バイトだ、体調が悪い、色々悩みが、データが飛んだ、と課題の〆切を平気で破って行く生徒達。 そして気分だけはいっぱしのクリエイター。 これは本当に現場では使い物になりません。 採用される訳が無い。
 
 それを指摘されて壊れてしまう。
 言われなくても自分で分っているからさらに壊れてしまう。
 期待できる子にはもっと高い所に行って欲しいから厳しく指導して壊してしまう。
 そうでない子にはそれじゃいつか泣く事になるから厳しく指導して壊してしまう。
 壊してしまった生徒、申し訳ない。
 ずっと学校が桃源郷であり続ければいいのにね。 ほんと。
 一年生のときのように屈託なく笑えれば良いのにね。
 
 新しい一年生とは今、楽しくやっています。 昨年と同じ。
 でも彼らも来年の今頃になると笑ってばかりの関係ではいられない。
 二年間って本当に短い。
 
 私が彼らくらいのときは何をしていたんだろう?と思い出す。
 丁度専門学校を中退して浮き草状態だった。
 TVCFを作る仕事に興味があって新宿外苑まで会社訪問にも行った。 でも結局高卒ではどうしようもないから、と進学を勧められ、その他いろいろあって結局大学に行く事を選んだ。
 大学入試直前の成人式には出なかった。
 
 ある日、人気TVCFを多数作っていたCFクリエイターが自殺した記事を読んだ。
 「夢が無いのに夢のある広告は作れません」と遺書にあったそうだ。
 それは私が訪問をした会社の社員だった。
 
 好きな事で飯を食う事は素晴らしいこと。 でもそこに入れても本当はそこからが本当の戦い。
 好きな事で食わなくても素晴らしい事はあるんじゃないかとも最近は思うようになっています。 でもずっとほろ苦さは心に残るでしょう。
 どちらが正解かは私には正直分らない。
 
 薔薇色の魔法の言葉があればかけてあげたいけど、そんなものは残念ながら持ち合わせていません。
 いつか良い事があるから頑張れ、としか言いようがありません。
 
 昔、片岡義男という小説家と、安田南というシンガーが実に私的風な深夜番組をFMでやっていました。
 その時のエンディングの言葉を君たちに残します。
 
 『おやすみ、悪い子供たち』

written on a borderline, yesterday and today.

|

« 選んだ気持ちが空を飛ぶ | トップページ | 困ったもんだの安倍ボン »

心と体」カテゴリの記事

コメント

 暖かいコメントありがとうございます> chirorinさん
 「どんな悩み事だってさ、いつか終わるものさ。だけど夢を見ている事だけで救われるというのかい?」
 という詩がサディスティック・ミカバンドの曲にあります。
 これを読んだ学生たちも自分の力で悩みを終わらせてくれる事を願っています。

 言葉って本当に難しいですね。
 時には人を生死の縁に追い込む程の力を持っていながら、全く非力なときもあります。
 実際に会って話すときはまだその人の「気持ち」が言葉を補足できますが、書き言葉は例えBlogとはいえ、書き手の力が要求されます。
 読み手の力に期待する部分もありつつ、圧倒的な書き手の表現ってのに憧れるA型です。

 コーヒーいつも楽しみにしています。 またおじゃまします。

投稿: あやおば | 2005年6月 8日 (水) 12時37分

小畑さん、ごめんなさい。今しがたこれを読み、
こうした気持ちを綴りたくなる心理状況に加えて、
息子さんの進路指導という行事(!)があり、
それにも半ば行きたくない様なシチュエーションだった本日・・・
小畑さんが来られる前にこれを読んでいたら、
もっと違った対応が、もっとよい対応ができたかもしれないと
少々悔やんだりしました。
その反面、読まなかったから、妙な画策ない素の対応
(心からの対応)ができてよかった、とか勝手に言い訳したり・・・

恐らく私たちのような人種(次元種)は、日々、自己成長(整調?)を意識しているから、生徒や子供や顧客・友人・恋人・伴侶などに対して、常に『真摯』なのだと思う。
だから真摯なゆえにいい加減な決まり文句や、頭ごなしの教えや、
一般的常識的なコタエを与えることができない為に、
色々考えあぐねて立ちすくんでしまう場面が多いんだろうなぁと思いました。
傍目には『いい加減』っぽく映るかもしれないほど、ね。
でも、生徒や子供にコタエを示すのではなく、
係わり合いの中でともにお互いにとってのコタエを探し続けるスタンス、素敵だと思う。
そういう小畑さんが好きです。

そんな小畑さんが、わざわざしょぼいカフェに立ち寄ってくれることにも幸せを感じてます。
だから、私に何ができるだろうかと考えます。いつも。
差しあたっては美味しいコーヒーを淹れること(美味しいんですかね。イケテマスカ?)。
と、やはり私も、笑いを交えながらも真剣に対話させて頂くこと。
その中で私も実りを得ていくこと・・・かな。
いい加減にしゃべっている風ですが、いつも真剣なんですよ(^^)
ってよくわからないコメントになりましたが、
なんだか読み流すに終わらせられない感想を抱いてしまったもので・・・旨く書けませんでしたが、すみません。

投稿: chirorin | 2005年6月 7日 (火) 23時12分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: なす術も無く壊れ行く:

« 選んだ気持ちが空を飛ぶ | トップページ | 困ったもんだの安倍ボン »