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軽量鉄道車両は悪か?

 JR福知山線の脱線事故をきっかけに鉄道の軽量車両に対しての批判がマスコミを賑わせている。
 これで思い出したのがマスコミ、特に新聞記者の自動車オンチだ。

 どういうわけか、特に大新聞の記者は自動車技術に対してあまり理解が無い、と自動車関係者の間で言われ続けている。
 もともと彼らは自動車イコール悪、という考えがあり、時代は変わってさすがにそういう前時代的な感覚は無くなって来てはいても、どうもその流れが根底にまだ残っている様な気がする。

 話を鉄道に戻すと、今回脱線した車両は確かに全鋼鉄製に比べると重量は軽いが、だからといって華奢というわけではない。
 まさか銀色の車両だからあの車両をアルミ製だと思っているのでは?と勘ぐりたくなるが、実際はステンレス製であり、これはれっきとした鉄だ。 従って強度は基本的には同じと言って良く、材質自体の重さは鉄板のそれと大して変わらない。
 車両の軽量化は例えばそれまで動的負荷負担を全く持たなかったボディに自動車のモノコックボディのように一部車両強度を負担させる、と言った設計の進歩により稼いでいるのだ。

 仮にあの脱線車両が従来の全鋼製であったとしたらあれほど壊れず、犠牲者の数は減っただろうか?
 いずれはコンピュータによるシミュレーションテストも行われるだろうが、私は大差ないと想像している。
 ボディが重い事により車輪がレールより離れにくくなったとしても、逆に慣性により、より早期に、また遠くへ飛ばされる事も考えられるからだ。 また、ボディが重い事は重心が高くなる事も意味しており、より低い速度での転覆が危惧される。

 動く事が使命の乗り物は常に重量との戦いを強いられている。
 軽ければ移動に必要なエネルギーを節約できるし、止まるのも短い距離で可能、方向転換も素早くできる。 それらは全て地球環境保全に直結する。
 人命を顧みても、短い距離で停止可能であることは決してマイナスではないし、何よりより速く目的地に到達できることは人類の永遠の追求テーマなのだ。

 自動車例にとれば、最近こそ側面衝突対策で徐々に重くなって来てはいるものの、同程度の強度と衝撃吸収性能を昔の技術で得ようとすれば数倍の重量になるだろう。 つまり相対的に自動車も飛躍的に軽量化されているとも言える。
 交差点でいつ横っ腹に突っ込まれるか分らない自動車に比べ、鉄道車両のその可能性が如何に低いかはどのような研究を持って来ても明らかだろう。 恐らく現在、日本では人が乗る鉄道路線で交差点の様に直角に線路が交わるところは無い。
 それらを考えると、今後は側面からの衝撃も考慮し、より鉄道車両を堅牢化させるべきだという論調には賛成しかねる。
 既に鉄道車両は踏切で立ち往生してるダンプカーに正面から衝突しても粉々にはならないだけの強度を数十年前から確保しているのだ。 それだけの強度を持つ乗り物が船舶以外にあるだろうか?
 仮にびくともしない車両を作っても、管理面で追い詰められた運転手が存在する限り、また同じ悲劇は起こるし、衝撃吸収性がないので中に乗っている人間に加わる衝撃はむしろ増加する可能性もあるのだ。

 既に専門組織による科学的原因分析は始まっているが、それには一定の時間がかかる。
 それを待たずに、中途半端な知識で書かれた記事を鵜呑みにするのは考えものだと私は思う。

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