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首相は靖国参拝を止めよ

 どうやらまたまた日中の外交がおかしいようです。

 前回の反日(抗日)デモはどうやら中国政府が主導したという線が濃厚になって来ています。 ただ、欧米から予想外の批判があった事は意外だったようで、おかげで今度は逆に火消しに回ると言う状態に落ち着いている様子。

 これで感じたのは中国も日本と同様、外交が下手で、かつ欧米の動向を非常に気にする、という共通点でした。
 今回の中国側のドタキャンも恐らく世界中が「?」でしょう。 いかにも下手。

 では翻って日本はどうか?
 もともと外交下手では定評がある国ですが、他国からの要求に対して「内政干渉」と言っちゃおしまいでしょう。 もともと他国への要望を伴う外交は全て内政干渉であり、それを理由に否定してしまうと親善訪問以外は外交なんてなりたたない。 これも不味いなぁ、と、いわゆる「どっちもどっち」というところです。

 最近、中国や韓国の反日主張に対し、ちゃんと理論的反論をした上で毅然とした態度を取るべきだ、という論調が日本に増えて来た様です。(月刊誌WiLLなど)
 これはこれで、これまで中学からの左翼系教師と朝日新聞で鍛えられて来た私にとっては、新鮮な主張でありなるほど、と納得する事も少なくありません。

 一方で最近、中国・韓国は領土や戦争責任の主張は徐々にトーンダウンし、首相の靖国参拝に的を絞っているように思えます。 これは先に書いたそれまでの反日主張に思った程他国からの支持が得られない事からの修正と私は捉えています。
 領土や戦争責任は国際法廷に持ち込む事も可能であり、実はそれは中国・韓国にとっては望ましくないらしく、それならば、と過去に第三者判定の経緯が無く、しかも特に他国からは理解しにくい(つまり大きく取り上げられにくい)日本の信仰を狙おう、という事かもしれません。

 この仮説が正しいとして、さて日本の首相はどう対応するべきでしょうか。
 私は参拝すべきではないと考えます。 これを屈辱的外交、一つ譲れば次が来るぞ、と指摘されるかもしれませんが、祈りは気持ち一つでどこでもできるし、アピールが必要であればかつてそうだったように遺族会の場に出席すれば良い。 そして反省は終戦記念日で示す事ができます。
 領土については簡単に譲れる事ではなく、これはお互いに本音ではよくわかっており、歴史認識、教科書記載については今後両国の関係者で時間をかけて調整しようと言う動きが出ているのを考え合わせると、首相の靖国参拝はそれほどこだわる問題なのだろうか、と私は思います。
 また欧米を始めとする他国もおそらくはこの問題に日本がどう対処するか、大いに注目しているでしょう。
 日本が日中韓の狭い視野のみで行動すると、世界からは「やっぱりどっちもどっち、所詮東アジアはそんなもの」と冷笑されると私は予想します。

 私自身は日本の国連の常任理事国入りをそれほど評価していませんが、日本が国策としてそれを狙うのであれば、首相独りの意地(もはやそういうレベルとしか取れない)と、どちらが秤で重いのか。  今は動きが見えにくいアジア各国が今後中国の画策によりどこまで日本にネガティブに移行するかを考えれば答えははっきりしています。

 首脳陣のドタバタ帰国までやらかしてしまうほど中国がこだわっているのであれば、ここは「毅然と」参拝しない、というのも胸を張った対応と言えるのではないでしょうか。 反り返って威張り散らかす事だけが「毅然」では無い筈です。

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