「朝から煙たい思いをするのは嫌だったので、すっきりした」
これは今日から全面禁煙となったJR西日本の新聞記事に掲載された感想です。
この「煙たい思いをする」を下記のように言い換えてみましょう。
「ブスをみる」
「うざいやつをみる」
「体が臭いやつといる」
「デブといる」
いじめやんか。
別にこのコメントの主を攻撃するつもりはありませんが、この方、吹田市在住だそうな。 JR吹田駅のホームの喫煙コーナーは大阪寄りホーム端に一カ所だけでしたから、どれだけ喫煙コーナーの近くで乗り降りされてたんでしょうね。 8両対応ホームですから7両運用の今なら一番近いところに乗ったとしても20mは離れています。
結局は健康なんて二の次で、単なる「喫煙者嫌い」でしょ。 差別。 いじめ。
既に私は三宮通いの間、駅のホームで吸うことはしていませんから、痛くもかゆくもありません。
私鉄は喫煙者の利用者の気持ちも考慮するということで静観の様子ですが、恐らくあまたいる「喫煙者駆逐原理主義者」達はJR西日本の行動をきっかけに他の運輸機関にどんどんねじ込んで行くでしょう。
あなたの健康が、なんて話は聞きたくありません。
私の姉、生まれてこの方喫煙したこともなく、適度な運動、バランスの取れた食事、スリムな体型を維持してきましたが、立派に胃がんになりました。
他人の健康が、なんて話もうんざりです。
かつて駅のホームの柱ごとに灰皿があり、殆どの場所での喫煙が当たり前だった昭和60年頃までの風景を思い出すと、もし煙害が発表程有害であれば、今の団塊の世代以上は全て、そして副流煙を吸った人の大半は死に絶えている筈です。
禁煙する精神力が無いとも言わないで下さい。
恐らく私がこの10年間でやってきたダイエットとシェイプアップについて来れない非喫煙者よりは余程強い精神力を保持している筈です。(メタボに健康に悪いから煙草止めろと偉そうに言われる程腹が立つことはない)
かつてに比べると見違えるように分煙が進み、かつ煙草のニコチン・タールも激減している今、ここまで同じ人間の嗜好を迫害する必要があるのかと考えると、もはやこれは人権問題だとずっと憂いています。
誤解して欲しくないのは、別にどこでも好きなように吸わせろ、と言っているわけではありません。
ルール違反の喫煙者を見ると同じ喫煙者でもうんざりしますし、むしろ喫煙者故に憎悪すら感じます。
ただ、喫煙コーナーを利用している人を迫害しても、もともとそういうルールを守る気が無い非常識な喫煙者が減るわけではないことにそろそろ誰か気づけよ、と。
そしてそれはもう喫煙者というくくりではなく、文化財に落書きをしたり、酒を飲んでは大暴れするバカの方に組み入れて下さい。
最も私が怖れているのが、冒頭のいじめ。
いじめは他人より優位な立場に立ちたい、という誰しもが持つ本能で、それをどう押さえ込むか、あるいは発散させるかが現代社会で大きな課題になっているのはご存知の通り。
上記「言い換えてみましょう」の言葉を他人に浴びせるのはタブーです。 が、喫煙者に対しては今、社会全体で言いたい放題、いじめ放題。
恐らく数年のうちに非喫煙者が「タバコを吸っていたからムカつく」という理由で人を殺す時代が来るんじゃないか、とも危惧しています。(笑いごとではありません。私の教え子が実際に「煙草を吸っている人間は殺したくなる。殺してもいい法律を作ればいいのに」と真顔で言ってましたから)
ナチスがユダヤ人をドイツ人社会全体で蔑むことで社会不安のガス抜きをさせたこと、日本でも封建時代の身分制度を巧妙に作り込むことで政治に都合の良いシステムを作り上げたことをも思い出させます。
何を突飛なことを、と思われるかもしれませんが、要するに公認のいじめですから、その間、人はひとときの快楽に浸り、不満を忘れるという構図は同じです。
たまたま私は喫煙者ですが、そうでなかったとしてもなんで世界中こんなにヒステリックに同じ方向にばく進して行くのかには疑問を持ったと思います。
他人と無意味に同じであることに安心を覚える人ばかりではないことをお忘れなきよう...
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